26年前の平和の森公園とその周辺、新井、野方地域の映像が見つかりました。
今と余り変わらない、木造住宅が密集する狭く曲がりくねった道路で結ばれた狭隘住宅街、その町に出来た平和の森公園は、憩いと安らぎと交流、そして災害時に住民の命を守る「緑の広場と避難場所」として、中野区あげての悲願の公園でした。今もその役目は変わらないのです。、
1992年の平和の森公園、新井野方界隈

沿革-「中野区ホームページ」2018.1.11よりー
 平和の森公園は、中野刑務所の跡地に建設された公園です。
明治43年 市谷監獄移転、豊多摩監獄、豊多摩刑務所と改名
昭和29~50年 区民、区議会、行政一体の刑務所敷地の解放を求める区民運動、区議会より法務大臣に要請書提出。区民運動継続
昭和31年 復帰反対期成同盟、法務大臣に陳情書提出 米軍の接収解除
昭和32年 中野刑務所再開
昭和50年 刑務所の廃庁声明
昭和55年 中野刑務所跡地利用計画区民協議会設置、都下水処理場、区公園用地として8.4ヘクタール取得
昭和56年 中野刑務所跡地利用計画区民協議会“緑の広場と避難場所”防災公園計画まとめ
昭和58年 廃庁
昭和60年 平和の森公園2.5ヘクタール部分開園
平成7年 都地下式の下水処理場、建設一次稼動
平成14年 平和の森公園第二期5.5ヘクタール開園(未開園面積 1.0ヘクタール)